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思考の練習帳

適当に。

キンコン西野さんの描く絵本の販売戦略の根源にあるものの推測

趣味

西野さんのブログ記事やら周囲の反応を最近ニヤニヤしながら見ている僕はとっても悪趣味だなと思います。

とはえい、個人的にはキングコングの西野さんが嫌いではなく、むしろ好きなほうです。
同じ関西人であり、テレビで早い時期から活躍していたり、友達の友達の弟だったりで、すこーしだけ特別に応援していている部分もあります。

今回の「えんとつ町のプペル」の売り方も、あったまいいな・・・って思ってます。

 

1万人で作ったら、1万冊売れるんじゃないかと思って。これまで僕たちはお客さんを増やす作業ばかりをしていたけど、そうじゃなくて、作り手を増やしてしまえばいい。作り手は、そのままお客さんになるから。

best-times.jp

この発想は「すごい!」と思いました。
たくさんの人を巻き込んで、その人たちを作り手の1人にすれば、当事者が先ず買う。

実績数字が作れて、それを看板にして売れば、更に売れるので、初手としては申し分ないやり方だな・・・と。
結果確かに本は売れているので、作戦通りなわけですし。

そして、この「作り手を増やす」というコンセプトのようなものが今回の作品に含められているのなら、色々な事を含めて合点がいく気がしている。

ゴタゴタしているネットの騒ぎも、”話題”というコンテンツを作る共同作業だと西野さんが思っているのなら、アンチも批判もなんでも来い状態ですし、まんまとそれに乗っかっている。

頭いいよな・・・と嫉妬しちゃいます。

で、こんな記事を書いてみようかな・・・と思ったのは、作品の無料と有料という面白いテーマでゴタゴタしているので、自分の思考もこれをキッカケに整理してみたいと思ったためです。

よければお付き合いください。

お金の奴隷を卒業できているのか?

共同作業で一つの作品を作り、その当事者でまず盛り上がる。
その盛り上がりが波及して、作品の認知が上がり、売上も伸びていく。

いいストーリーを持っている作品戦略だと思いました。
で、この流れの中でこんなエントリーがあり「ん?」と思いました。

lineblog.me

記事を要約すると、お金がなくて買えない子供が居たので、その子供のために、本の内容をネット上に無料で公開しゃうぞ!って事でした。

(僕の要約は主観のよる解釈が交っているので、念のために記事を読んでもらったほうがいいとは思います)

その子供に対して記事を通して、ありがたいと思うのなら、その思いを次は誰かに渡してくれという、まるで映画ペイフォワードを彷彿とさせるようなカッコいい事を言っています。

ただ、次のエントリーがこうです。

昨日、私の絵本最新作『えんとつ町のプペル』をインターネット上で無料公開しましたところ、
「安売りするな!」
「クリエイターにお金が回らなくなる!」
「そんなことより西野嫌い!」
と様々な御意見をいただきましたが、この記事のタイトルそのまま、誰でも無料で読めるようにした途端、Amazonの売り上げがグイグイ伸びて、ついに書籍総合ランキングで1位になりました。

lineblog.me

それって・・・いい事をしたら、売上(お金)に反映されたぞ!やった!!って事だよな。
お金の奴隷感丸出しじゃないか?

確かにフリーミアムってビジネスモデルがあります。

基本的なサービスや製品は無料で提供し、さらに高度な機能や特別な機能については料金を課金する仕組みのビジネスモデルである。

フリーミアム - Wikipedia


無料の何かで認知を高めて商品の売上を伸ばす。

これ自体が悪いとは思いませんが、無料公開の喜びを感じるポイントが真っ先に売上なら、お金の奴隷を卒業したとはこの時点では思えない。

売上云々も大切だけど、その子供が喜んでいるのかどうかを真っ先に知りたかった。

とはいえ、西野さんの言っている事でわかる部分もある。

この一件を、ビジネス的な観点から切り取ると、
「人は確認作業で動く」
「人は知っているモノを買う」
と言えるでしょう。

”無料にするのはそれが広告だから”という解釈で捉えてしまえば、確かに世の中の多くの無料の何かは広告の役割があり、認知を広めることが主目的だと思います。

人が行動する動機は往々にして『確認作業』で、つまり《入り口を無料化する=価値を下げる》ではないということ。
入り口でお金を徴収することで失ってしまう仕事があるということ。

入口を低く広くする事が大切だから、メインコンテンツと言える絵本の中身を無料公開したのだとしたら、なぜ発売後しばらくしてから入口を低く広くしなければいけないのだろうか?

始めからそうしていれば辻褄があうのに、発売後しばらくしてからだと、どうもシックリこない。

今の売上は赤字なのか?
いや、そうじゃないようだ。

もっと売り上げが欲しいのは当然だろうが、今ここに来て無料で公開しなければいけない理由はどこにあるのだろうか?

そんな疑問をモヤモヤと抱えていた。

無料化の理由の推測

声優さんが、無料化して商品の価値を下げると結果的に全体の為にならないという主旨の発言をされて、それにそうじゃない!的な反論をされていました。

lineblog.me

どちらの言い分もとってもわかります。
だからといって、絵本を無料配布するのではない。

ここを絶対に押さえておかないといけないのだけれど、『えんとつ町のプペル』は″情報は無料だけれど、物質は有料"という点。

 

ブログ記事内で頑として主張しています。


その事からすると、西野さんの感覚ではデジタルデータ化できるものは全て対価の対象じゃないという捉え方だと思います。

絵本の中身は、全てデジタルデータ化できるから対価の対象にしなくてもいい。
アニメ作品の中身もデジタルデータ化できるから対価の対象にしなくてもいい。

こんな感じはないでしょうか?

逆にいえば、今の人が価値を感じるのはアナログなモノであって、それは絵本という形であったり、アニメならDVDだろって事なんだと思います。

たしか、矢沢永吉さんも、これからの時代はデジタルコピーできないもので勝負しなければいけないと、デジタル時代が到来していると感じた時に考えていたそうですし、実際そういう流れだと思います。

ひとつだけわかったことはね、
この激動の時代の中でね、
ダウンロードできないものを
作らないといけないと思ったの。

ダウンロードできないものしか
残れないってわかったの。
だってものすごい勢いでさ、
すべてがダウンロードできる時代じゃない。

ほぼ日刊イトイ新聞 - 上がりたかったんだ。E.YAZAWAの就職論


そこを起点にして、声優さんとのやり取りを僕なりの視点で考えると、こういう事なのかな?とも思っています。


西野さんとしては、絵本は漫画デスノートのデスノート、漫画ドラゴンボールのドラゴンボール、北斗の拳のユリアの位置にあるのではないのか?

その絵本を巡って賛同者も居れば、敵対する人も居る。
その物語を描こうとしているのでは?と。

絵本を巡って色々な人が見たり話したりしてくれることで大きな物語になり、その物語が大きくなるほど、中心にあるアイテムそのものの価値が上がる。

色々な人を巻き込んでスタートしたというのも、そこに価値を置いているからではないだろうか?

そういう発想でいたのなら、お金の奴隷解放宣言で言いたいこともわかります。

労働に対する対価を即座に得るという発想ではなくて、労働と対価の間に現象化という段階を挟んだほうが、結果的にたくさんもらえるよって事なのだろうな、と。

最近でいえばPPAPは顕著な例ですしね。

もしPPAPが小坂大魔王さんのファン向けのDVD特典だったりしたなら、DVDの売り上げは上がるだろうけど、そこまでの現象にはなってなかったかもしれない。

でも、PPAPの作成コストをペイにするためには、DVD特典にしたほうが手堅いと判断したならそうするだろうし、そうする事が決して悪いことでもないが、その発想の延長上に無料公開という選択肢はないと思う。

つまりそれはPPAPのブームは到来していない可能性が高いというこです。


そういう意味で、始めから現象化を前提に考えているのかどうかの違いが、そのまま無料化への賛同と反対というスタンスに分かれるのではないだろうか。

声優さんが現象化を期待していないという意味ではなくて、現象化の優先順位の違いが思考の違いになっているのではないだろうか?ってことです。

例えば、西野さんの場合、お金を集める方法はクラウドファンディングよりも簡単な選択肢があるはずです。

芸人の先輩方にお金を借りればいいし、恐らく貯金で作れたはず。
でも、敢えてクラウドファンディングをチョイスしたのは、現象化が優先順位として高いからではないだろうか?と思います。

 

作り手を増やしてしまえばいい。作り手は、そのままお客さんになるから。

 

お金を集める手段としてではなくて、初めから現象化が目的だからクラウドファンディングなんだと思われます。

 

内容の無料公開も現象化のためだと推理しています。

見せる事が目的じゃなくて、それを話題にされる事が目的。話題にされなければいけないから、少しドラマティックなエッセンスとして子供のエピソードが必要だったはずです。

 

優しさをアピールするためには、苦難や苦痛がその手前に必要です。

夜のお姉さんのテクニックに、怪我をしそうな人を止めるのは優しさではなく、ただのおせっかい、怪我をしてから絆創膏を出すのが優しさという考え方があるそうです。

 

始めから無料で公開しているとそこにありがたみがでませんが、有料のものを無料にすることでありがたみが生まれます。

情報は無料だという価値観をずっと西野さんが持っていたのなら、無料化のタイミングも計算していたと推測するのが妥当だと思いますが、穿った見方ですかね・・・。

 

終始、いかに話題になるのか、現象化されるのかで徹底されているように僕は感じます。

 

ただし、対価の対象となる実物は決して配布はしない。

なぜなら、現象すべては実物の価値を高めるため。多くの人の記憶にインデックス化されれば、今だけじゃなく長く売れる可能性もあるし、推薦図書で学校に納入される可能性もある。

そういう絵を描いているのでは?と推理しています。(絵本だけに)


とはいえ、声優さんを吊るすようなやり方を現象化の一部だと思っているのなら、それは違うと思います。

もし絵本がアニメ化や映画化された時には、その声優さんたち次第で作品の仕上がりは変わるのだから、もっと上手に巻き込んだらいいのにな・・・と思います。

同じ作り手であり似た苦しみを知っているんだし、声優さんと西野さんは、コントロールできる範囲が違う。

僕の感覚では、声優さんのほうが厳しい環境の中で必死に足掻いている気がするので、その人たちを救う事も戦略の一部に入れてあげてほしいと願うばかり。

 

lineblog.me

こんなエントリーを、この記事を書き終えた後に見つけたのですが、この絵で描かれているツイッター上で出回っている絵の解釈は違うと僕も思いますよ。

その理由は、ここまでで書いた通り。


そんなこの記事そのものが現象化の一端を担っているので、記事の冒頭で書いたように僕は掌の上で踊るサルのようなものです。取り扱うほど、物語は大きくなり、絵本の価値が上がる。

そのための燃料投下は続いていくっていう芸風?なのでしょう。

いや~良い刺激を得てとても勉強になったな・・・と西野さんに感謝です。