思考の練習帳

適当に。

英国の国民投票を見て年配を老害扱いするのはシックリこない

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年配層を老害扱いするのは違うのでは?

今回のイギリスのEU脱退の国民投票。
すごい事が起きたな・・・と週末から思っている極東島国の日本の庶民の1人である私めですが、少しだけ疑問に思う論調がある。

 年配が独立に票を投じた。ほんと老害だ!って意見。

大阪でも同じような事が以前起きているので、そう言いたい気持ちは本当によくわかるのだけど、一つだけ疑問に思う事がある。

普段、お年寄りと若者って、どれだけ接点を持ってるの?

交流が少ないなら価値観もズレる

もし普段からお年寄りと若者の交流が盛んにおこなわれていたなら、お年寄りは若者を通して未来を見る事ができたんじゃないだろうか?と思えて仕方がない。

夫婦でも意見が合わない時があるのに、普段から若者と年寄りの交流が少ないなら、そりゃ意見がズレるんじゃないの?て思うんです。


僕たちは目の前に見えるものと、それを通して想像できることしか頭にないと思う。

例えば、見た事もないし聞いた事もない国の事を想像する事なんてできない。

でも、お隣の韓国や中国の事なら、テレビや雑誌を通して情報を得る事で、感覚的に理解できるはず。

見た事も行ったことがなくても、こういう国だよね・・・とか、こういう人たちだよね・・とかとか。


お年寄りが若者の事を想像できないなら、それは生活の中に若者と触れ合う時間、交流する時間が圧倒的に希薄だという仮説が立てられないだろうか?と思うんです。

実際に僕はお年寄りの方と触れる機会は本当に少ない。
親とは当然話をするが、それ以外の年配の人と話す機会は本当に少ない。

核家族化が進んでいる現代なら、それが普通なのではないだろうか?

だとすると、結果として、感覚の差、情報の差が生まれるのは必然だと思う。

理想論ですが、普段から若者に良くしてもらっているから、若者のために投票しようという年配の方が増えれば、年配層の人数が多いのだから、若者のためになる選挙結果に自ずとなるのでは?と思います。

だから、一概に老害って年配層を悪者扱いするのは好きになれない。

枠組みに無理が生まれているかも

少し角度を変えると、国単位や地域単位という枠組みに無理が生まれていきているのかもしれません。

最近の若い人は会社の飲み会に行きたくないという空気感があると良く聞くし、年上とのそういう交流を好ましく思ってない節もあるようだけど、だからといって人との交流を避けてるわけじゃない。

気の合う人と一緒に過ごす事を大切にしているし、ネットのお陰で自分の感性や趣味嗜好に合う人という横のつながりを広げるのが簡単になった。


結果的に、会社や地域という枠組みの中の人間関係の価値が低下しているように思う。

それも年配と若年層の投票結果の違いに繋がっているのかな?と。


そんな事を思った次第です。

 

何が良いとか悪いとかを論じるのは難しいですが、年寄りのせいで!みたいな論調は、なんか安易だし良い未来につながる気がしないので好きじゃないんです。僕は。