思考の練習帳

適当に。

言語学者 外山滋比古先生が語る”話し言葉”と思考力の関係性の備忘録

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話して聞くことをもっと大切に

ラジオ好きな自分、最近はめっぽう「伊集院光とらじおと」を聞く事がマイブームになっています。

www.tbsradio.jp

もともとは伊集院光さんが好きだから聞きはじめた番組ですが、この番組がゲストで呼ぶ方々が濃い~のがまた個人的なツボを刺激してくれます。

頭の回転の速い伊集院さんとのフリートークもまた濃密で、ちょっとしたセミナーを聞いているような感覚になることも珍しくありません。

そんな「伊集院光とらじおと」のゲストとのトークコーナー(番組コーナー名:伊集院光とゲストとコーヒーと)で、言語学者の外山滋比古先生の回の内容が未だに印象深く記憶に残っているので、そのトーク内容をまとめたいと思います。

あ、トーク内容の書き起しじゃありませんので、生のトークを聞きたい場合は、ユーチューブで探してみてください。落ちてますので。

外山滋比古先生とは

外山滋比古さんでピンと来ない人のほうが多いと思いますので、まず外山先生について簡単に僕なりに説明をします。

思考の整理学 (ちくま文庫)」というベストセラーを書かれた先生で、その本の内容が大学の入試問題で取り上げられることも多い名著です。

思考の整理学 (ちくま文庫)

思考の整理学 (ちくま文庫)

 

 考えるということ、言葉についてを研究されている先生で、その事についてラジオで解説されていました。

外山滋比古先生の”言葉”と”考える”ということ

言語学者の先生ですから、やはり言葉についてのトークだったのですが、テーマは”話し言葉が基本である”ということ。

書く事よりも話すことが大切だというお話でした。
そのお話の要点をピックアップしていきます。

 ”かしこまった文章”より”しゃべり言葉”が大切

言葉は生まれてすぐに身に着ける能力であり、文章は学校で習いながら覚える能力。

記録のために文字が生まれただけで、言葉の重要性でいえば、話せて聞ければいい。
話せて聞けて、忘れることが言葉にとって最も大切なこと。

日本人は考えられない

日本人は伝統として漢字に苦労してきたため、書く事に重きを置き、話して聞く事を軽んじている傾向がある。

そのため、文字を見て考えるという、目で考える思考習慣が身に着き、反面、聞いて考えるという事ができなくなった。

その結果、聞いた事を一旦文字にして考える習慣があるが、落語を文字になおすとつまらないのと同じで、話し言葉を文字にする段階で多くの情報が抜け落ちてしまい、本当の意味で考える事ができていない。

書く言葉よりも話す言葉が大切

話す言葉を大切にすることが知的思考につながる。
書く事がダメなのではなく、話す事、聞く事が基本。

聡明という言葉の聡は耳偏であり、見る事を表現している”明”よりも前に来ているのは、それだけ聞く事が大切だという意味のあらわれであり、聞く事とはつまり話すことでもある。

子供にもたくさん話しかけよう

現代人は育った場所と現住所が違うことが多いため、慣れ親しんだ言葉と今使っている言葉が違うことが多い。

そのため、どこかに自分の言葉に不安を感じているので、子供に話しかける頻度が少なくなる傾向にある。

子供の思考は話しかけられた言葉の量が影響するので、たくさん話しかける意識を持って接することが大切。

童謡や童歌を子供に聞かせてあげるのも、子供の聞く能力を育てる。

ソクラテスも口伝だった

外山先生いわく、とにかく話すこと、聞く事をもっと大切にしましょうという事でした。

日本人は文法などの型が大切だと思っている傾向にあるのは、漢文に苦労した名残であり、型を大切にするがゆえに知識偏重になりがちである。

本当に大切なのは知らない事を考える能力であって、知らない事を考えるためには、自分の言葉で考えること。

ラジオを聞いて、なるほど・・・と頭でわかりつつも、心のどこかで「とは言え本を読むほうが・・・」とか「文字にして考えたほうが・・・」と思っている自分がいます。

しかし、なぜそう思うのか・・・については考えきれてない。
これが先生の言う、思考力が衰えているという事に繋がるのでしょうね。

ソクラテスが話して聞いて考える事を大切にしていたのは、たまたまなのか、外山先生のように、それこそが考えるために大切だと分かっていたからなのか。

そんな事を思う今日この頃です。