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思考の練習帳

適当に。

街中で見かける果物売りの若者について調べてると、やっぱり悲しくなった

生活

あの若者達はなぜ果物を売っているのだろう・・・

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少し前に街中で果物売りをしている若者のニュース記事を読み、「あ、大阪でもよく見かける、あれの事?」って思って読んでみると、多分そう。きっとそう。

 なんか変やな・・・という得も知れない違和感を感じたのを覚えてる。

ネットで少し調べると、関東を始めあちこちで出没しているようやね。
しかも、けっこう前から。

僕が初めて果物売り若者に声をかけられ時の思い出

今年の春ごろ、大阪の北新地と梅田の間らへんを歩いている時に「すみませ~ん」と女の子に声をかけられた。

多分、これがはじめての果物売りとのエンカウント。

「ミナミの〇〇という果物屋なんですが、余った果物がありましてうんうんかんぬん」

と矢継ぎ早に話しかけてきました。

少し酔い気味の僕が、「へー。ミナミで果物屋か・・・あったっけ?もっかいお店の名前教えて」と聞くと「え?どうしてですか?」と来たものですから、「ミナミでお店やってる知り合いに聞くから」と答えました。

「え・・・」とひるんでるので、「もっかい教えて」って聞くと「あ、大丈夫です!」って言って走り去りました。

何が大丈夫なん・・・?
と疑問に思いつつ、そこで「怪しい」という印象だけが残りました。


しばらくして、僕の仕事関係の夜のお店をしているお姉さん(男)に、「こないだ、果物屋から来ました~って果物売りに声かけられたんですよ」って言うと、「うちの店にも来たのよ。ビックリしたわ~」とお姉さん(男)。

そのお姉さん(男)いわく、某宗教の信者さんらしいよ~、と。

宗教の信者云々が正しいかどうかはわかりませんが、あの吹っ切れたような突き抜けたような勢いは、確かに純粋に果物売りって感じがしなかった。

で、ネットで色々と調べると、「夢を叶えよう!」的なノリでやってるらしい。


知らないと危ないかも。駅前に出没する”八百屋”の正体 - NAVER まとめ


なるほどね・・・。

夢を叶えるためのチャンスを提供しますってノリで、今頑張れば夢がかなう!って気持ちでやってるんやね。

なんか、そういうなのを見ると、悲しくなるんよね。

若者も果物売りの商売も本当は応援したいが・・・

夢を叶えよう!ってのは僕は応援したいんです。

ただ、夢を見ている人を食い物にしているようなビジネスはほんっとヤダ。
(食べ物を扱ってるビジネスだけに食い物にしてるってか?)


安く仕入れて高く売るってのも、本当に良いモノなら別にいい。
頑張って報われるのも、別にいい。

ただ、リスクの全てを若い人が全て背負ってる構図がなんか嫌。


フルコミッションという仕組みだからそうなるのは仕方ない部分があるけど、夢を叶えるためにフルコミッションってのは、何か違う。なんかもやもやする。

フルコミッション営業って、営業のエキスパートが己の力量に応じた成果を得たいがための制度であって、そういう技量がない人には、リスクがダイレクトに直撃する。

リスクとは、時間と労力の無駄になるかもしれないというリスク。
そのリスクをリスクと思わせないために、「夢のため」と言ってるようにしか思えない。

これがなんか嫌なんだよな・・・。


しかも運営側にはたいしてリスクがないんだよね。

人件費は不要だし、夢のためって言っておけば「仕事やめる=夢を叶えることを諦めるの?」っていう理屈を打ち出せる感じもするし。


夢があるなら、修行のつもりでどこかで働いたり、時間給のバイトをしながら、空いた時間を夢を叶えるための技術アップに使うほうが、幾分かマシだと僕は思う。

結局は、本人の選択次第だし、後悔するような事になったとしても、それはそれで良い経験にはなると思うが・・・。

なんか、そういう思いが逡巡して、街で見かけるたびに悲しくなる。